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2005年2月23日(水)・「何故か貸切」
 私は今、不況対抗策として”催事”でお好み焼きを売っている。
 流通業界の人ならばピンと来るだろうが、平たく言えば、あちこちでブースを構えて短期間お好み焼きを焼きながらの実演販売をやっているのである。
 今月一杯、小田原にあるファッションビルの1階入り口付近でお好み焼きを焼きながら売っている。毎日約1時間40分をかけて、JR東海道本線で小田原まで通っているのである。

 しかし正直言って、そんなに売れない。電車賃は一日往復2、000円を超える。
 私の不況対抗策は、私の思惑を大きくはずしている。


 そんな日々を送っている今日の事。
 一日中立ちっぱなしで疲れた体を引きずり、帰りの電車に乗る。
 20時32分発「東京」行き、東海道本線上り普通列車。
 4号車5号車はグリーン車。他は全席自由の通勤タイプの列車、15両編成。

 勿論私が乗るのは自由席。
 この時間の上り列車は、すいている。
 一車両に10人位しか乗っていない。
 仕事帰りのサラリーマン風、高校生、パート帰りのオバちゃん風etc.
 それに私。

 このところ毎日乗っているその列車は、東京に近づくにつれ乗客が増え、私が降りる「川崎」辺りでは立っている人こそ少ないものの、椅子席はほぼ一杯に埋まっている場合が多い。

 定時出発。
 小田原から一駅目「鴨宮」。
 列車に揺られ、早くもうたた寝状態に入っていた私は、
「めんち切ってんじゃネーよ!」
「見てんじゃネーよ!」
と言う声に起こされた。
 うっすらと目を開けると、ホームレス風の30代半ばといった感じの男が、近くにいる人を見回してにらみつけている。皆、無視。
 男は、かなり酔っているようだ。
 男は私の向かい側、車両真ん中あたりの長椅子席の手摺寄りの所にドカッと座り、イラついた様子で皆を見回している。俺からの距離3〜4メートル程か。

 こんな奴相手に喧嘩をする気もないし、「うるさいぞ」と注意する気も無い。
(寝ている俺を、いきなり殴りつけてはこねぇだろ)
と思うが、落ち着かない。しばし薄目を開けて監視。

 そのまま列車は「鴨宮」出発。

 男が座って10秒後。
 男の正面に座っていたオバハンが立ち上がり、車両隅の方に席を移動。気持ちは分かる。
 だが、そういう行動がこういう奴を刺激して仕舞う事もあるのだと、オバハンには認識して欲しい。
 男は、オバハンの行動を別段気に留める様子もなくただ鼻を、
「フンッ」
と鳴らした。

 男は、怒鳴りながら登場し、落ち着かない風ではあるが凶暴な感じではない。
 きっとオバハンや近くにいた人間があたりが、さげすむ様な目つきで見ていたのだろう。
 もしかしたら男の怒りは、正当かも知れない。

 さらにその10秒後、私の正面、男と同じ長椅子席もう一方の手すり寄りに座っていたサラリーマン風が、顔をしかめ男と反対側に顔を背ける。
 男とサラリーマン風の間には、耳にイヤホンを挿し口を開けて寝ている男子高校生。部活帰りだろうか。
 私から見て左向こうの方東京寄り、隣の車両との連結部分近くのドア付近に陣取っていたイケイケ女子高生3人組が、
「何だあれ」
とか
「弱そーだよ」
とか
「変な奴」
と、小声でぶつぶつ言っている。


 次の瞬間!!
 何かが私の鼻先をかすめた。
 別に男が何かを投げつけたり、殴りかかってきたわけではない。
 しかしそれ以上のパワーで鼻の奥まで衝撃が来た。
(アーーー、来たぁーーーーーー。くーーっ、たまらん。――――これかぁ〜〜〜〜)

 そう、それは、かつて私が「風と共に来た」でも触れた事のある、
 「The・強烈臭」
 であった。

 私も顔をしかめ、背けた。



 人間の動物臭。
 現代綺麗好き人類が、失いつつある動物臭。
 ホームレスの人々に保存されている、人間臭。

 私はホームレスの人々の人生は否定しないが、現代日本に於いてこの匂いは否定する。
 勘弁してくれ。

 私だって長期風呂に入らなければ、放つであろう匂いなのだが・・・・・・人とは勝手なものなのだよ。


 次の停車駅「国府津」に着くと、我先にと男の半径10メートル以内の人が下車し、車両を変えた。
 当然私も隣の車両に移った。
 しかし、この「国府津」駅に着くまでの5分間の長かった事、長かった事。
 私の鼻は、角度にして30°曲がった。

 イケイケ女子高生3人組は、男から少し距離があるせいか、臭わないようだ。同じ場所でキャピキャピと馬鹿話を続けている。
 ところがやはり列車が「国府津」駅を発車して間もなく、
「くっせぇー」
「なんだよ、あれ」
「たまんねぇ〜」
と言いながら、車両間の扉を開けて移動してきた。
(馬鹿やろー!扉を開けるんじゃねえ。匂いがこっちに来るだろ)


 隣の車両から見ていると、酔いもあってか男は眠ってしまった。
 しかし眠ったからと言って、体臭まで眠るものではない。

 男は眠ったが、逆に私はその車両が気になって、眠気が飛んでしまった。
 ホントは俺も眠りたかったのに・・・・・。

「国府津」で、男と同じ車両に乗った人及びその車両にいた人全員が、次の「二宮」で降りた。
 車両を変えた。
 どうやらその車両中匂いが充満しているのは、間違いないようだ。

「二宮」で乗った人々は、次の「大磯」で皆降りた。

「大磯」で乗った人々は・・・・・・。

 いや!
 一人の男を除いて・・・・。
 そう、そこには一人の勇気あると言おうか、鈍感なと言おうか、兎に角微動だにしない男がいた。
 男のごく近くに座って寝ていた部活帰り風の男子高校生は、イヤホンで音楽を聴きながら、さっきと変わらず口を開けて眠っている。
 恐るべし、
「部活帰り風男子高校生」
 男と同じ長椅子席に仲良く並んで眠っているではないか!
 嗚呼、何という光景だ!!


 他の車両は、一駅進むごとに少しずつ込んできている。
 しかしながら謎の貸切、強烈臭車両。
 空いている、、、、、ように、、、、、見える。実際、空いては・・・いる・・・・が・・・・・。
 固定乗客若干2名。
 ほかの車両は込んでいるが、その列車だけは空いているから、ホームで電車を待っていた人は皆「ラッキー」とばかりその車両に乗る。
 わざわざ走ってその車両に近づく人、多数。
 しかし皆ハンで押したように、しばらくすると走行中の車両間のドアから隣の車両へと逃げ出していく。
 もしくは次の駅まで耐えて、車両を変える。

 駅ごとに同じ光景の繰り返し。
 次の駅も、そしてまたその次の駅も。


「藤沢」駅に着く手前で「部活帰り風男子高校生」が、ぱっと目を開けた。
 ようやく気付いたか。
 イヤ、匂いで起きたのではない。
 いつもの習慣から、降りる駅の直前で目を覚ましたようだ。
「部活帰り風男子高校生」は、何も周囲の異変には気付かない様子で、颯爽と立ち上がり「藤沢」で降りていった。
 恐るべし、
「勇気ある鈍感部活帰り風男子高校生」


 列車は、何事も無いかの如く走り続ける。
 ただひたすらに人を運ぶ。

 私の乗車区間は、「小田原」から「川崎」までの約1時間。

 その日のその車両は、男が乗った「鴨宮」の次の駅「国府津」から私が降りる「川崎」まで、一人の幸せそうに眠る強烈臭男のほぼ貸切だった。
 たぶん終点の「東京」までその状態は変わらなかったであろうと、推測される。

 確か、あの列車は折返し運転だといっていた。
 男が終点「東京」で目を覚まさなかったら、折り返しで小田原、熱海方面へ向かうあの列車のあの車両は、貸切が続くのだろうか・・・・。



 東京駅アナウンス
 「OO時OO分発『東海道本線下り普通列車XX行き』4号車5号車はグリーン車です。グリーン券が無いとご乗車になれません。そして自由席車両O号車は、本日強烈臭男様の貸切で御座いまぁ〜〜〜〜す。一般の方は、よっぽどの忍耐力が無いとご乗車になれませんのでご注意ください」



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