今日のお昼の12時ちょっと前、私は自由が丘のあるところを、ある店を目指して歩いていた。 今まで入ったことは一度も無いが、ランチで本格インド・カレーを出している店に前々から入ってみたいと思っていた。 今日は、それを実現させようと、その店を目指していた。 だいぶ寒くはなってきたが、ぽかぽかとした良い天気。小春日和と言うにはもう冬だが。 一方通行の道で、幅は広い通りではない。車が一台通ると両脇に1.5メートルくらい空く位か。 駐輪自転車がなければ、もう少し広いのだが。 その通りを私は、一方通行の進行方向に道の右側を歩いていた。 日曜日の自由が丘は、人が沢山いる。 私の後ろから、車のエンジン音。 振り返ると赤い車が人に気をつけながら、ゆっくりと走ってくる。 私の横を赤い車が通り過ぎる時、 ドンッ! と顔面に衝撃。 「あ痛!」 私は声を発した。 右の、ホオ骨辺りに衝撃あり。 車にぶつかったわけではない。 私は、正面から歩いてきた女性にぶつかった。 年の頃なら30代中頃、顔のつくりは十人並み。 女性も私の声と同時に、 「キャー!」 周りの人々が「何だ!」とばかりに一斉に私と女性を見る。 (バカやろー!何処見て歩いていやがる、前見て歩きやがれ!!) そういう俺は、何処見ていたかって? ―――お互い様か・・・・・。 俺は後ろから来る車に注意を払って左肩越しに後ろを見ていた。確かに前を見ていなかった。 女性は、正面を向いているわけだから車も俺も視界に入るはずだろ。 (お前、狭い通りで車が前から来るのに何処見てたんだよ。俺の事見えてたんじゃないのか!?) でも・・・・お互い様・・・・か、・・・・・・しょうがない。 顔を見合わせる、私と女性。 「―――」 「―――」 周囲の人々も、「ぶつかっちゃったのかな?」程度の表情で見ている。 ! ところが直後、周りの人に見られていることを感じ取ったその女は、泣き出す子供のような歪んだ表情を作り、被害者を演じ始めた。 私は頭の中で、お互い様だと自分を納得させてはいたが、女のその本能的と言おうか小さい頃から身に付けた自己防衛的被害者面を見た瞬間、カツン!と来た。 (ふざけんな、何被害者面してるんだ。俺は後ろから来る車を見ていたけど、お前は正面見ていただろ!) (お互い様だと思ったけど、お前は正面見ていただろ!!) (お互い様だと納得しようとしたけど、お前は正面見ていただろ!!!) 俺は、完璧に自分中心の思考に入り込んでいった。 (それとも、前から車が来るのによそ見していたのか) (ン?そういえば、お前、目と耳の間の部分を押さえているな) (前見ていたら、俺のホオ骨はそんなところにぶつかるわけ無いぞ) (お前、前から車が来るのに、よそ見していたのか間抜け!) (大体、瞬時に被害者面を作るその精神構造はどうなってるんだ!エーッ) と思いつつ・・・・不本意ながら・・・・ジェントルマンな私は・・・・・被害者面をした女性に、 「すみません」 と、言葉を発してしまった。 (これで事態が丸く収まるなら・・・・) しかしである・・・・・その途端・・・・女性の顔に・・・・・ありありと、 (ジョーダンじゃないわよ。あんたが悪いのよ!) という表情が浮かんだ。 女性は、自分が優位に立ったような気持ちになったようだ。 (なにーーーぃ、ジョーダンじゃないわよなんてジョーダンじゃねェゾ!おめーの方が悪いのに、俺は男だから便宜上誤ってやったんだぞ。ありがたく思いやがれ) (ひとが謝ったからって、付け上がるんじゃねーぞ、このクソあま!) と思いつつ、 (しかし、これ以上こいつの相手をしていると、俺は本当に悪者であるかの様な印象を周囲に与えてしまうな) (止むを得ない、この場は逃げよう) 私は、会釈をして自分の目指す方向に歩き始めた。 女性の「キャー」と私の「あ痛!」が同時だったから、女性の被害者面を見ても周りの人は俺を一方的に悪いとは思わなかったようだ。 俺は、歩きながら、 (ちくしょー、何で女は、自分を有利に見せるために自分が被害者のような、弱い者であるかのようなフリをするんだ) (涙は女の武器、とかカン違いしているバカが多いんだ) (ふざけんな、クソあま。謝ってもらっただけで恩の字だ) (謝るんじゃなかったな、謝って損したな俺) そんなことを考えていた。 そして楽しみにしていた目的の店の前についた。 「本日休業」 アーーーーレーーーーーーーーーーーー! しょうがないから、引返す。 次なる目標は、何処にしようか・・・・・・頭の中は、カレー色。 次の目標を別のカレー屋に決めて歩き出す。 すると30メートル程前方に、携帯電話で喋りながら、私を凝視する女性。 さっきのバカ女が、道の真ん中で仁王立ちの体勢で誰かに携帯で事の顛末を報告しているようだ。そして私を睨み付けている。ずっとその体勢で私の後姿を追っていたのだろうか? どうでもいいけど不愉快だ、そこどけよ。 女は、強烈視線光線バリアーで私の行く手をふさいでいる。そのエネルギーは私以外の誰かには決して向けられる事はない。 そのままそんな女は無視してそこを強行突破するつもりだったが、あまりの視線の強烈さに、私は女性に近づく事をためらった。 次の目標を諦めて手前の路地を右に曲がった。 曲がってしまった。 (なんで俺、曲らなきゃいけないんだろう) (何、睨み付けているんだ!逆恨みだろ) しかし、君子危うきに近寄らず。 釈然としないが、危険は回避するに越した事はない。 相手が男だったら、展開は変わってくるのだが・・・・・・。 相手が男性だったら、もう少し状況を客観的にとらえるだろうし、むやみに人を睨み付けるという危険行為は犯さないのだろうが・・・・。しかし、如何せん相手は、天下無敵の女性である。 結局カレーは実現せず、ラーメンに化けた。 こういうことを繰り返して、男性は虐げられていくのだ。 こういうことを繰り返して、女性は事実を自分に都合良くひん曲げることの出来る妖怪と化して行くのだ。 女性の目は語っていた。 「お互い様なんて思ったら大間違いよ!あたしは、全然悪くないの!!全てあんたが悪いんだからね!!!」 嗚呼、女性は強し。 |