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2005年11月04日(金)・「ヒーロー」
「ヒーロー」
 日本語だと、英雄か?
 今では、外来語として日本語になっているといっても良い「ヒーロー」。

 昔、甲斐バンドの唄「ヒーロー」という唄で、
 〜ヒーロー、ヒーローになるとき、アーハーそれは今ぁー
 と言う歌い出しが、私には、
 〜疲労、疲労になる時、アーハーそれは今ぁー
 と聞こえ「何なんだこの歌は、栄養ドリンクのコマーシャルソングか?」と思った事があった。

 それは置いといて、ヒーローと言う言葉には人それぞれ思い入れがあるだろう。
 人の数だけ、ヒーローはいる。
 実在の人物だったり、架空の人物だったり、映画のキャラクターだったり、アニメの主人公だったり・・・・。
 映画館から出てくる人は、その映画のヒーローや、ヒロインになったような気分に包まれている。よくそんな光景を見かける事がある。

 昔、大学の入学時のアンケートに「尊敬する人物は?」
と言う項目があったとき私は、
「戸川万吉」
と書いた。
 本宮ひろ志氏原作の漫画「男一匹ガキ大将」の主人公である。その漫画が流行っている頃私は、巷で万吉親分と言われていた事もあった。
 大学の友人で今地方の大学の助教授をしているS は、
「俺は、大学入学アンケートの尊敬する人物のところに、モハメッド・アリって書いたんだぞぅ」
と自慢げに言っていたが、私が
「俺は、戸川万吉って書いた」
と言ったら
「おまえ、それ漫画じゃねぇか!」
といって愕然としていた。
 普通は、自分の父親とか総理大臣とか歴史上の人物を、少なくとも実在の人物を書くものらしい。

 ・・・・そういえば、大学の後輩のHo は、子供に「万吉」と名付けていたな。確認したわけではないが多分出所は同じだと思う。


 若いカップルの場合、彼はヒーロー彼女はヒロインを演じている、なり切っている場合が、多々ある。
 二人の世界に入り込み、他人には決して理解する事の出来ない二人だけの空間を生み出す恋人同士のカップル。
 時として、それは他人にとって、滑稽に写ることがある。
 イヤ、そのほうが多いかもしれない。
 本人たちが、真剣であればあるほど、他人には面白おかしく見えてしまう光景。
 勿論当人達は、そんなことは気にしていない。他人様なんか目にも入らない。


「逆さダッシュマン」
 私はそう名付けた。


 いつもの如く12時くらい、私の店自由が丘「良久」からの帰り。
 ビルから出て直ぐの、東急ストア前の四つ角。私とカミさんは、東急東横線に乗るべくマリクレール通りを自由が丘駅南口に向かって歩き始めていた。

 5メートル前方に、20代半ばくらいの男女カップル。推定、お付き合い始まったばかり、もしくはこれからうまくいけばそうなるであろう2人。
 少し酒が入っているようだ。
 真面目タイプで地味な女性。かわいい顔立ちだが、その半生は殆ど受験やら何やらお勉強で過ごしてきたような感じのするお堅い感じ。濃い紺のジーパンに紺のセーター。身長158cm 、ぽっちゃりとした感じ。
 男性はと言えば、やはりお受験真面目タイプの小柄な男性。就職してまだあまり長くは経っていない感じ。
 ダークグレイのスーツに黒ぶちの眼鏡、たすきがけに背負った黒いショルダーバッグ、黒い革靴、頭髪は短め。身長169cm 、ずんぐり体型。

 二人の周りには、半径1メートルの別世界の空気が取り囲んでいる。
 手と手をしっかりと握り合って、四つ角の真ん中で何か言葉を交わしている。

 駅方向に向かうにつれ、カップルとの距離が近ずく。
 男性が、
「・・・・・・・じゃぁ」
と言った声だけが聞こえた。
 離れるのが辛いのか寂しげに頷く女性。
 爽やかな響きを持った「じゃぁ」だった。
 私は思った、
(お前は、加山雄三か!?)

 と、その瞬間男性は未練を断ち切りパッと手を離し、女性の方に顔を向けながら、顔の向きとは反対の方向に走り出した。
 その目指す方向は、私達と同じ自由が丘駅南口だ。

 顔を進行方向とは反対向きに、彼女を見つめたままの体勢で走りはじめた男は、約10メートル程走って顔をまっすぐ進行方向へ戻した。
 靴のサイズが大きいのだろうか、石畳の自由が丘マリクレール通りの上をガパガパズコズコと大きな足音をたてながら走って行った。
 その後男は、さらに物凄い靴音を立てながらズンズン加速をして、多分彼が持っているであろう最高スピードまで加速して走り去っていった。
 私は、日本人特有のその短い足をフル回転させてだんだん小さくなっていく爽やか男を、ただただ見送った。
 タスキがけに背負った黒いショルダーバッグが、踊るように跳ね上がり体にまとわりつくのをものともせずダークグレースーツの爽やか男は走った。
 多分ボタンが外れているのだろう、スーツの上着をニワトリが羽をばたつかせているかの如くひるがえしながら爽やか男は走った。
 ガパガパズコズコと効果音を出しながら、爽やか男は走った。
 スポーツが得意ではない小学生くらいの女の子に時々見られる、肘から先を大きく左右に振りながら走るそのフォーム。
 遠く離れて行く割には、マリクレール通りにガパガパズコズコ音が響き渡る。
(凄い!あの走りは、中々できるもんじゃない!!)

 私は、感動した・・・・そして・・・・・・・・・笑った。イヤ、笑った・・・そして・・・感動した。
 笑いと感動の渦の中、爽やか男は消えていった。いや、消えていったというより、見失った。
 おかしくて笑いたいのだが、スグそこで感動に包まれて真剣な眼差しで見送っている真面目彼女に悪くて笑いをこらえていたら、爽やか男を見失ってしまった。
 笑いをこらえている私の斜め前で、真面目地味彼女は「ジュワッ!」と言って飛び去るウルトラマンを見ている子供のような顔をして彼を見送っていた。
 ふと横を見ると、カミさんが手で顔を隠し震度3位で揺れている。
 ・・・・笑いを押し殺していた。
 マリクレール通りにいた人たちは、何の音だ?と、皆ガパガパズコズコ音源を目で追っていた。

 爽やかに「じゃあ」と言って発進した彼は、誰とも衝突することなく前を見ずに走った。これは簡単なようでかなり高度なテクニックを要求される。
 愛の力とは、さりげない曲芸をやらせる力がある。
 そして、はたから冷静に見ると、ぐちゃぐちゃな走りでナリフリかまわず走って行った。

 私にはあの走りは出来ない。
 やる気も無いが、やりたくても出来ない。
 感動の「逆さニワトリ・ダッシュ」

 真面目地味かわいい彼女は、感動に包まれた面持ちでその後姿を見送りながら、
(ありがとう、ウルトラマン。次はいつ会えるのかしら・・・・。絶対にまた来てね。あなたは私のウルトラマン!大好きよーー!!)
という感じで目をキラキラ輝かせその余韻に浸っていた。

 私はというと、
(ありがとう、逆さダッシュマン。こんな面白い光景めったに見られるものじゃない・・・・・・今度会ったら絶対また「逆さニワトリ・ダッシュ」やってね!笑わせてーー!!)


 とらえ方に違いはあれど、爽やか男はその時、真面目地味彼女と私のヒーローだった。
 ヒーローは、サッと消えるという定石を確実に「逆さダッシュマン」は踏んでいった。
 彼は真のヒーローだ!

 私とカミさんは笑いをこらえながら、ゆっくりと余韻に浸っている真面目地味かわいい彼女の横をかすめ、石畳の上を自由が丘駅南口に向かって歩を進めた。
 そして彼女の聴覚の圏外まで出たと思われるところで、押し殺していた笑いの余韻を吐き出した。

 私はいけないとは思いつつも好奇心に打ち勝つ事ができず、振り向いて真面目地味彼女がどんな体勢をとっているか確認した。
 真面目地味彼女は、見えなくなった「逆さダッシュマン」を、イヤ彼女にとっての「私のウルトラマン」をさっきと同じ体勢で見送っていた。見詰められると石になってしまうと言うギリシャ神話のメデューサと眼が合ってしまったかのごとく微動だにせず、遠方を見つめていた。
 勿論、振り向いて見ている私のことなど眼中に入らない。
 きっと今真面目地味彼女に見えているのは、すでに見えなくなった「逆さダッシュマン」だけだろう。



 ヒーロー「逆さダッシュマン」。
 ヒロイン「真面目地味かわいい彼女」。
 今日、仕事帰りに見かけた小さな恋の物語。

 今後、2人のラブストーリーの展開はどうなっていくのだろう。
 私小野明良、今後私が二度と会うことは無いであろう2人のお付き合いが上手く行く事を、自由が丘の片隅からお祈り申し上げます。

 偉大なカップル誕生の予感。



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