「あっ、これはどうも!高橋英樹さん!!」 川崎南部市場に響き渡るだみ声。 朝、河岸に行ってその店で買い物をすると、社長と思しき人物のデカイだみ声が響き渡る。 2月にオープンさせた”ワイルドバンチ”の買い物をここ南部市場でよくする。 市場の近くに住む後輩の重見君が、 「先輩、南部市場いいですよー」 と教えてくれた南部市場。 築地なんかに比べたら、猫の額ほどの小さな河岸ではあるが、立派な河岸である。 鮮魚、青果、そのほか色々御座れ。 場外にも充実したお店が並ぶ。 社長は、でかい声で奥の支払い場所のオバちゃんに向かって、 「はーい、高橋英樹さーーん、お買い上げーーーー!かれい、とーー、ぼたん海老ーー、それとーーー、きんめーーーー。お後、えーーーほたるぅいかーーー、以上高橋英樹さん、宜しくー」 近くで買い物している人たちが、一斉に辺りをきょろきょろ見回す。 桃太郎侍を求めて、みなが期待の視線を振り回す。大スター高橋英樹を探して、辺りを見回す・・・・が、何処にも居ない。居るわけ無い。 そして、俺と社長が商談しているのを見て、全てを理解する。 (何だ、そういうことね) (ケッ、なーにが高橋英樹だよ) (見て、損したじゃネーか) 男性より女性の方が期待しすぎた分、返しの視線がキツイ。 (あんた、言われていい気になるんじゃ無いわよ。絶対勘違いするんじゃ無いわよ) (あんたは、そーじゃ無いンだからね) という様な、突き刺し視線がおまけとして付いてくる。 (俺が、言ってるんじゃねぇーよ) と俺は心の中で反論するが、相手は俺を許さない絶対の表情。 (誰が言おうが、関係ないの!) いつの頃からか、そこの社長は、俺の事を高橋英樹と呼ぶ。 そう呼ぶようになった。 それもばかでかい声で。 高橋英樹さんが知ったら、きっと怒っちゃうだろうな。 怒って斬りに来るかもしれないぞ。 「ポンポンポンポンポンポンポンポン!悪を斬る!!」 ズバッ!!!!! 「ウワァーーーーーーー」 でもこの場合桃太郎侍に斬られるのは、言われた俺より言った社長だな。 まいいか、そんな事。 社長おきまりのヨイショではあるのだが。 別に嬉しいとは思わないが、嫌な気がする訳でもない。 相手が勝手に言っているだけで、 (うるせーよ) とも思うが、別に野暮を言うわけでもなく、放ってある。 ただ社長の声に振り回されえて、俺を見て落胆した人々はかわいそうかもしれない。 社長は、俺の顔を見るたびに、 「高橋英樹さん、お早うー御座います」 とだみ声を張り上げる。 そのたびに繰り返される同じ光景。そして突き刺さる視線。 最近は俺も、それに馴れてきてしまった。 2月からこの河岸に出入りするようになったが、近頃の河岸は不況のせいもあってか小口の客にも優しい。売り上げを少しでも上げようと必死だ。 忙しい頃だったら、慣れないフットワークで河岸の中をうろついていたら、 「じゃまだー、どけー」 なんて声が飛んできただろう。 実際気の荒そうな奴なんかは、「邪魔だ、どけ」と言わんばかりに台車を俺の足にぶつけてきた。 勿論、痛い。 当然、睨む。 「―――すみません」 (謝るくらいなら、ぶつけてくるんじゃねーよタコ) なんて事もあった。 何はともあれ南部市場、結構気に入ってます。 ひょっとしたら、社長のヨイショのせいかな? 習慣とは恐ろしいもので最近社長の、 「高橋英樹さん、お早う御座います」 のタイミングが遅いと、 (今日は、言わないのかな?) なんて、思ったりするようになってしまった。 実は、言われるのを待っていたりして・・・・・・イャ、そんなことは無い・・・イャ・・・・・。 で、その社長はと言うと、”ちょっと寸詰まりの藤竜也”。 |