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2006年05月10日(水)・「高橋英樹さん」
「あっ、これはどうも!高橋英樹さん!!」
川崎南部市場に響き渡るだみ声。
 朝、河岸に行ってその店で買い物をすると、社長と思しき人物のデカイだみ声が響き渡る。

 2月にオープンさせた”ワイルドバンチ”の買い物をここ南部市場でよくする。
 市場の近くに住む後輩の重見君が、
「先輩、南部市場いいですよー」
と教えてくれた南部市場。
 築地なんかに比べたら、猫の額ほどの小さな河岸ではあるが、立派な河岸である。
 鮮魚、青果、そのほか色々御座れ。
 場外にも充実したお店が並ぶ。

 社長は、でかい声で奥の支払い場所のオバちゃんに向かって、
「はーい、高橋英樹さーーん、お買い上げーーーー!かれい、とーー、ぼたん海老ーー、それとーーー、きんめーーーー。お後、えーーーほたるぅいかーーー、以上高橋英樹さん、宜しくー」

 近くで買い物している人たちが、一斉に辺りをきょろきょろ見回す。
 桃太郎侍を求めて、みなが期待の視線を振り回す。大スター高橋英樹を探して、辺りを見回す・・・・が、何処にも居ない。居るわけ無い。
 そして、俺と社長が商談しているのを見て、全てを理解する。
(何だ、そういうことね)
(ケッ、なーにが高橋英樹だよ)
(見て、損したじゃネーか)

 男性より女性の方が期待しすぎた分、返しの視線がキツイ。
(あんた、言われていい気になるんじゃ無いわよ。絶対勘違いするんじゃ無いわよ)
(あんたは、そーじゃ無いンだからね)
という様な、突き刺し視線がおまけとして付いてくる。
(俺が、言ってるんじゃねぇーよ)
と俺は心の中で反論するが、相手は俺を許さない絶対の表情。
(誰が言おうが、関係ないの!)


 いつの頃からか、そこの社長は、俺の事を高橋英樹と呼ぶ。
 そう呼ぶようになった。
 それもばかでかい声で。
 高橋英樹さんが知ったら、きっと怒っちゃうだろうな。
 怒って斬りに来るかもしれないぞ。
「ポンポンポンポンポンポンポンポン!悪を斬る!!」
ズバッ!!!!!
「ウワァーーーーーーー」
 でもこの場合桃太郎侍に斬られるのは、言われた俺より言った社長だな。
 まいいか、そんな事。

 社長おきまりのヨイショではあるのだが。

 別に嬉しいとは思わないが、嫌な気がする訳でもない。
 相手が勝手に言っているだけで、
(うるせーよ)
とも思うが、別に野暮を言うわけでもなく、放ってある。
 ただ社長の声に振り回されえて、俺を見て落胆した人々はかわいそうかもしれない。
 社長は、俺の顔を見るたびに、
「高橋英樹さん、お早うー御座います」
とだみ声を張り上げる。
 そのたびに繰り返される同じ光景。そして突き刺さる視線。
 最近は俺も、それに馴れてきてしまった。

 2月からこの河岸に出入りするようになったが、近頃の河岸は不況のせいもあってか小口の客にも優しい。売り上げを少しでも上げようと必死だ。
 忙しい頃だったら、慣れないフットワークで河岸の中をうろついていたら、
「じゃまだー、どけー」
 なんて声が飛んできただろう。
 実際気の荒そうな奴なんかは、「邪魔だ、どけ」と言わんばかりに台車を俺の足にぶつけてきた。
 勿論、痛い。
 当然、睨む。
「―――すみません」
(謝るくらいなら、ぶつけてくるんじゃねーよタコ)
なんて事もあった。


 何はともあれ南部市場、結構気に入ってます。
 ひょっとしたら、社長のヨイショのせいかな?

 習慣とは恐ろしいもので最近社長の、
「高橋英樹さん、お早う御座います」
のタイミングが遅いと、
(今日は、言わないのかな?)
なんて、思ったりするようになってしまった。

 実は、言われるのを待っていたりして・・・・・・イャ、そんなことは無い・・・イャ・・・・・。


 で、その社長はと言うと、”ちょっと寸詰まりの藤竜也”。



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