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2005年09月18日(日)・「脳天唐竹割り」
 プロレスラー故ジャイアント馬場選手の数ある必殺技の内の一つ、脳天唐竹割り。
 あなたは、この技を知っているか?
 そう、ただ空手チョップを頭に叩きつけると言うシンプルこの上ない技。
 しかし、ジャイアント馬場が使う時にのみ許された「脳天唐竹割り」の名前。
 脳天が、頭蓋骨が、唐竹を割るようにスパッと割れてしまったら・・・・・・。
 想像するだけで恐ろしい。
 痛そうな名前だ。

「脳天唐竹割り」の親戚に「耳そぎチョップ」と言う技もある。
 これも痛そうだ。
 チョップで耳がそげてしまったら・・・・・。

 私の地元の友人Sがあみ出した「つむじチョップ」と言うのもある。
 そいつは「分け目チョップ」という技も開発した。
 つむじや髪の毛の分け目に空手チョップを打つことによって、そこから段々髪の毛が薄くなって禿げ上がっていくと言う恐ろしい技だ。
 ただこの技の効果は実証されていない。

 兎に角、馬場さんの「脳天唐竹割り」は凄かった。
 2メートル9センチの長身から繰り出されるそのチョップは、迫力があった。
 外人レスラーなんか、みんな吹っ飛んで行った。
 調子のいいときはジャンプしてチョップを放った。
 するとアナウンサーは、
「今日の馬場は調子がいいぞ!ジャンピングしての脳天唐竹割りだぁー。おーーーとっ、これは効いた効いた、効いたぞーー」
みたいな・・・・・。
 必殺技「脳天唐竹割り」。



 今日、私は見た。目撃した。
 平和な町自由が丘で。
 馬場さんの脳天唐竹割りを。
 強烈な脳天唐竹割を・・・・・。
 喜劇的悲惨な光景を・・・・・。



 12時近く、仕事が終わって店を出たときのこと。
 ビルから出て、自由が丘東急ストア入り口近くにある、大井町線の踏み切りの方向に歩いていった時の事。

 前方から、65歳くらいの水商売風の派手目の女性が歩いてきた。
 身長150cm、体重75kg 位のずんぐりとした体格。
 多分クラブやスナックのママだろう、水商売の女性として雇ってもらう側になるには中々難しいお年と体格。

 その顔は、、、、全ての皺を埋め込んだ分厚いモルタル・ファンデーション。毒々しく真っ赤な口紅。青く広く塗られたアイシャドウ。ばさばさと音を立てそうな付けまつげ。顔が全部隠れてしまいそうな、べっ甲フレームの、うすい色の入っためがね。頭には、栗色のくるくる巻いた大きいカツラ。つまり首から上は派手でけばけばしい。

 お店では良いのかもしれないが、外で見ると一言、妖怪。

 首からは下は、ピンクのジャージ上下に裸足でピンクの突っ掛けサンダル。
 多分、仕事を終え帰宅して、着替え終わったのだろう。後は化粧を落として寝るだけだったのだが、喉が渇いたのに家に飲み物が無いので「この格好で良いや」とばかりにバアサンのずうずうしさで、近くのコンビ二にミネラルウォーターを買いに行った、と推測される。
 名付けて「ピンクジャージだるま」。

 手には300mlのミネラルウォーターのペットボトル。

 「ピンクジャージだるま」は、わたしの対面から踏み切りを渡ってこっちに向かってくる。前方約30メートル。
 踏み切りの真ん中くらいを、ペットボトルの蓋を開けながらチョコチョコとした足取りで歩いてくる。
 ところが、ペットボトルの蓋が上手く開かないようだ。踏み切りの中で突然歩を止め蓋を開けることに集中する。
 何故かその姿に見入る私。

「カーンカーンカーンカーン・・・・・」
踏み切りの警報が鳴り出した。電車接近。
「ピンクジャージだるま」は、蓋に対する集中を解くことなくペットボトルを見たまま、動き始める。
ゆっくりと歩を進めるが、その歩みはあまりにゆっくりである。
「カーンカーンカーンカーン・・・・・」
遮断機が降り始める。
「ピンクジャージだるま」が、あまりにも気にも留めない様子なので私は自分の目を疑った。
(遠近感がくるって見えて勘違いしているだけで、「ピンクジャージだるま」はもうすでに踏切の外にいるのか?)

 しかし、私の距離感は間違っていなかった。
「ピンクジャージだるま」は、まだ踏み切りの中にいた。ペットボトルを見つめたまま気持ちだけ急いだつもりになって、ゆっくりと急いだ。高齢者は急なスピード切り替えが不得手だ。
 しかし、ボトルから目を離さない。その集中力はたいしたものである。

「カーンカーンカーンカーン・・・・・」
 もう遮断機が降りるぞ! 
 間に合うのか「ピンクジャージだるま」!!
 早くしないと、踏み切りに閉じ込められるぞ!!!
 早くしないと、電車にはねられるぞ!!!!

 その時!
 黄色と黒に塗り分けられた、巨大なジャイアント馬場の手が物凄いスピードで振り下ろされてきた。
 私には、それはあたかも外人レスラーの頭に振り落とされるジャイアント馬場の巨大な手のように見えた。
 普段見ると気にもならない遮断機の降下。しかしそのときの速度だけは私には物凄く速く見えた。狙い済まして普段の数倍のスピードで降りて来た。
「ガチャン!!」
 決まった!

「ピンクジャージだるま」の頭を、遮断機の竹棒が直撃した。
 脳天唐竹割だ!!!!!!!

「カーンカーンカーンカーン・・・・・」

「ピンクジャージだるま」は、脳天に計り知れない衝撃を受けた。
 身長がその瞬間5cm 程縮んだ。
 頭蓋骨が一瞬歪んだ。
 そのコテコテに塗りたくられた妖怪的美貌が、ひしゃげられて一瞬ガマ蛙になった。
 ひしゃげられた顔のファンデーションの下からシワが浮き出てきた。

 遂に正体を現したな〜〜〜〜、妖怪「ピンクジャージだるま」。


 私は声上げて笑いたかったが堪えた。
 一緒にいたカミさんも堪えていた。
 私とカミさんは顔を見合わせた。

「カーンカーンカーンカーン・・・・・」
遮断機はは鳴り続ける。

「ピンクジャージだるま」は、
(こいつかぁっ!今ぶったのは!!)
と言う感じで、馬場さんの手に2、3発反撃を加えた。
(お前か、お前か今チョップをしたのは)
さらにバシバシと平手で遮断機の棒を叩いた。
 バシバシバシバシバシバシ。
 酔いも手伝ってか、バシバシと叩いた。

 気持ちは分かるが、他人にとってはかなり滑稽で、面白い光景だ。
「ピンクジャージだるま」、ハッと我に返り棒を叩く事を止めた。無意味さを悟った。
 そう、棒は別に意思を持って攻撃を加えたわけではないのだ。分かってはいるのだが・・・・・・・。
 そして、周囲を見回し目撃者の存在を確認し始めた。
 私は思わず、
(僕は、なにもみてませんよ。ハイ、ホントに)
という顔をして、顔をそむけた。
「ピンクジャージだるま」は、
(そうそう、見てても見て無いわよね。それでいいのよ)
と言う感じで、
(目撃者無し。よって今の事実は誰も知らない。つまり何も無かった)
と自分内で今の事実を大きく曲げた。

「カーンカーンカーンカーン・・・・・ゴゴーーーーーーーカーンカーンーーーゴゴーー」

 最後に、
(もう二度とするんじゃないわよ!)
 と言う感じで馬場さんの手をグッと一睨みして、平静を装った。取り繕った。
 平静を装ったはずだが「ピンクジャージだるま」は何度何度も振り返った。
(人間だったら、思いっきり文句言ってやるのに。いまいましい棒め!人間だったらただじゃ置かないとこよ。棒だったからあんた助かったんだからね)

「ゴゴーーーーーー」
電車が通過。
 何事も無かったように馬場さんの手は再び振り上げられた。

 静寂が戻った自由が丘東急ストア入り口前、大井町線踏み切り付近。
 12時とはいえ人は沢山いた。にも拘らず目撃しているが目撃していない目撃者は、私とカミさんの2人だけのようだ。

 3秒後、「ピンクジャージだるま」とすれ違った。
 私とカミさんも平静を装った。
 笑いたいけど笑えなかった。
「ピンクジャージだるま」の心の声が聞こえた。
(あんた今何も見ていないって顔してたわよね。それなのに何か言いたいわけ!見て無いでしょ。何も無かったのよ。いい、何も無なかったの。・・・いいわよそれでも笑いたければ笑いなさいよ!!そのかわり笑ったら、笑ったら、笑ったらただじゃおかないわよ!!笑いなさいよ・・・・・・・)
 笑いたいけど笑えなかった。

 ・・・・しかし・・・・何かが違うな・・・・・何だろう?・・・・・・・何だろうこの違和感は???
 あッ!!!
 すれ違った「ピンクジャージだるま」の頭に乗っているカツラが、誰の目から見ても明らかにずれている。
 傍から見ると、かなりお間抜けなミテクレ。ずれカツラ。
 しかし憮然とした表情でガシっと前を見据えた「ピンクジャージだるま」は、そのことにはまだ気付いていない。  すれ違って「ピンクジャージだるま」をやり過ごす。振り返って後ろから見ても、その頭はやはりずれていた。
 と、その瞬間「ピンクジャージだるま」も振り返った。
「―――」
「―――」
 物凄い形相でにらまれた。
(ムムムム、ナンか用)
 私は笑いかけていた顔を、元に戻した。
(いえ、何でもございません)

 15m 程離れてから再び「ピンクジャージだるま」の心の声が聞こえた。
(トホホホ・・・、カッコ悪いったらありゃしない。走ってこの場から逃げ去りたいけど、走るとやっぱりまずいわよね、何かあったみたいで。平静、平静、平常心。それが一番・・・・・何も無かったんだから・・・・・・それにしても、あの遮断機・・・・・・ぶつぶつ・・・・)


「ずれカツラ・ピンクジャージだるま」の頭の中からペットボトルの事は、完全に吹っ飛んでいた。
 もしかしたら、その衝撃で前後の記憶が飛んでしまったのかもしれない。
「ずれカツラ・ピンクジャージだるま」は、今自分がどこにいるか分かっているだろうか。
 恐るべし脳天唐竹割り。



 馬場さんが亡くなってもう幾年経つのだろう。
 しかしながら、馬場さんは自由が丘の踏み切りに生きていた。
 遮断機の竹棒となって生きていた。

 ジャイアント馬場は永遠に不滅です。



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