安い牛丼松屋。 早い牛丼松屋。 庶民の味方松屋。 はじめに断っておこう。 別に松屋や松屋の牛丼に文句があるわけではない。 松屋や松屋の牛丼に問題があったわけではない。 しかし、私は今後2度と松屋の牛丼は喰わない。 ・・・なぜなら・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・俺は・・・・・・・・・・・・松屋の牛丼を食べていて・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死にかけた。 5月の3,4,5日ゴールデンウイークの自由が丘のイベントに参加。 今朝早くから、銀行の駐車場にお好み焼きのブースを設置していた時の事。 設置もほぼ終わり、あとは一息入れてからお好み焼きを焼き始めようといった午前10時半。 お昼の12時開始のイベントの前に、腹ごしらえをしてから仕事に取り掛かろうと、ちょっと早めの昼ごはん。 俺は、松屋の牛丼を買いに行かせた。 3人分、3個の牛丼。 一つは大盛り、従業員Iの分。 2つは並盛り、俺とアルバイトKの分。 KとIは、先に駐車場の車止めコンクリートの上に座り食べ始めてた。 1分遅れで俺も車止めコンクリートに座り食べ始めた。 別に急いで喰ったわけではない。 別にがっついて喰ったわけではない。 ごくごく普通に食べていただけなのに・・・・・。 ところが何故か、飯が喉に引っ掛かった。 喉のところで、飯の塊りが食道を通過して胃袋に落ちる事を拒んだ。 誰でもそんな経験は 一度くらいはしているだろう。 しかし、その後が今までと少し違った。 いつもなら・・・・・・・じっとしていれば・・・・・・苦しくはあっても・・・・・・ゆっくりと落ちていく・・・・はず・・・・の、・・・・飯の塊りが・・・・・中々落ちていかない・・・・・。 うまい事にと言おうか、まずい事にと言おうか、牛丼の肉と飯が合体して離れる事を拒んでいるようだ。 厳密に言うと、飯の塊りではなく、飯と牛肉の塊りだな。 しかし感覚としては、大きな飯の塊りだ。 (・・・・今日の飯の塊りは、今までのより手ごわいな) (ま、じっとして落ちるのを待とう) (・・・・・・・・・・・・・・・) (――――――――――――) (中々落ちないな・・・・・) (・・・・・・・・ちょっと苦しいな) 俺は牛丼を持ったまま、駐車場の片隅にある水道のところへフラフラと歩いていった。 (しょうがない、水で上から流し込むか) 左手に牛丼を持ったまま右手で蛇口をひねり水を出す。 蛇口につないであるホースの口を右手で持ち上げゴクリと一口。 蛇口を閉める。 (これで良し、、、、と) (・・・・・・・あれ?) (・・・・・・・おかしいな!?) (落ちていかない!) それどころか、水が跳ね返って口に逆流してくる。 牛丼を足元に置き、もう一度蛇口をひねり水を飲む。 再び水が逆流。 (手強いな) トントントン、拳で胸を叩く。 グッと胸を張る。 ドンドンドン、胸をさらに叩く。 ググッと胸を張る。 ドンドンドン、ググッググ、ドンドンドンドン、グググのグ、ドンドンドンドン・・・・・・・。 (苦しい、、、、苦しいゾ) この頃IとKは、俺の様子がおかしいのに気付いたようだが、どうしたのかな?マスター何やってんだろ??程度の顔を俺に向けている。 だが奴等は気にも止めず、牛丼のお持ち帰り丼に顔を戻しガシガシと食べ続ける。 (そろそろ、真剣にまずいな、これ以上は危険だ!早く飲み込まなくちゃ) (ヤバイ!苦しい苦しい。どーしよどーしよ) 何故か吐き気も伴ってきた。 (駄目だ!!もっと大量の水を飲み、水圧で押し込もう) 俺はそう決めて、水を飲もうと蛇口に向かって顔を下げた。 ところが蛇口の下では、よく行くバーのマスターS氏がしゃがみこんで、瓶だかグラスだか食器だかを鼻歌交じりで洗いはじめている。 (ありゃ!) しかし、こんなときでも礼儀正しい俺は、行儀よく後ろに並んだ。 (俺は、偉いな。人はマナーを守らなくては社会は成り立たないから・・・・・) (こんなことを考えられるのだから、まだ余裕があるのかな?・・・・・だけどホント苦しいんだ。・・・。早くどいてよ!) S氏は食器を洗う、カチャカチャカチャ。 俺は胸を叩く、ドンドンドン。 カチャカチャ、ドンドン、カチャ、ドンドン、ドンドンドンドン、ググッググ。 (早くして!苦しいから) カチャドン、カチャドン、ググッググ。 (駄目だ、苦しい苦しい) 落語家が饅頭を喉に詰まらせて目を白黒させている芝居が頭の中をよぎる。 (早く、早く、苦しい、、、、早く・・・、息が出来ないんだ・・・・) 俺は、ホースの先を覗き込むようにかがんだ。 S氏は顔を私のほうに向け、 「(カチャカチャカチャ)あぁ、(ニコニコ)良久さ(?)・・・・ん。どうしたんすか?」 「・・・・ちょっと、、、、詰まって・・・・」 俺は、声を絞り出して、訴えた。 S氏は洗物の手を動かしながら、 「だいじょうぶすか?」 「・・・・・・・・ちょっと、・・・・」 ドンドンドンドン。 S氏は次の洗物にかかりながら、 「だいじょうぶすか??」 「正月にお年寄りが餅を喉に詰まらせて死亡!」 脳裏を走った。 今まさに死に直面しようとしている俺を見ても、S氏は「どうしたのかな?」位にしか思っていない。 人の苦しみなんて分かるわけ無いのだが。 (もうこれ以上は駄目だ!そこどけ!!) (マナーを守る限界は、ここまでだ!) (ご免っ!) ホースをひったくって取ろうかとしたその瞬間、のんびりとした口調でS氏が、 「水、飲みます?」 (エ!?飲むよ、飲むよ・・・だから、、、早くってば・・・) ウンウンウンウンウン・・・ヒタスラうなずく俺。 だが、さすがに俺の異変に気付いたようだ。 「水でも飲んだ方がいいッすよ」 (分かってるんなら、何でもいいからそこどいて!) (ホースを頂戴ってば!!) ドンドンドン・・・・・ウンウンウンウン・・・・。 S氏の声がスロー再生のように聞こえる。 「みぃずぅどぅぇむぉぉのんどぅぅぁあぁふぉぉぉぅぐぁぁぁ、、、いいんじぃゃぁぬわぃどぅぇすぅくわぁぁぁぁ」 S氏は、 「早く言えばいいのに。そうすれば直ぐホース渡したのに」 と言わんばかりの顔で、ホースをくれた。 実際俺は、ホースを貸してくれといいたかったが、言葉を発する事が出来なかった。 飯の塊りは、大岩と化して俺の喉をふさぎ続ける。 S氏から手渡されたホースを口元へ。 ゴクッと水を飲んだ・・・・・が、・・・・・大岩に跳ね返される。 さらに飲んだが、跳ね返される。 大岩は動かない。 (俺はこのまま死ぬのか!?) 一瞬、気が遠くなりかける。 (イカン!ここで気絶したら、お正月にお年寄りが餅を喉につまらせて・・・・) (いや!ゴールデンウイークに小野が飯を喉に詰まらせて・・・・・・) きっと俺は今、目を白黒させているに違いない。 「目を白黒させる」 なんと的確な表現だ。 最初に言い出したのは誰だろう? 欧米人だったら、 「目を白青させる」 か? いや、そんな事はどうでもいい。今はそれどころじゃないんだ。 IとKがこっちを見ているのが、視界の片隅に入った。さすがに今回は心配そうな顔をしている。 (ばかやろー、今頃俺の異変に気付いたか!!) しかし奴等は、自分の牛丼を食うことを止めるわけではない。ガシガシガシ。 (・・・・・お前等が、こっちに来たとしても役にはたたねぇんだけど・・・・・・おい、おめぇら・・・・・) 遠くの方で、エコーの懸かったS氏の声 「大丈夫っすかぁ、すかぁ、すかぁ、すかぁ〜、かぁ〜、かぁ〜」 (よしッ、こうなったら最後の勝負だ!!!!) 喉が裂けようがどうなろうが、大岩と化した飯の塊りを飲み込むしかない。 (死んでたまるか!) そう決断した俺は、一気に大量の水を飲むことにした。 昔、俺の好きなスティーヴ・マックイーン主演で「タワーリング・インフェルノ」という映画があったがあれのラストシーンの再現だ! あの映画は、手をつけられない程に燃え上がったビル火災を最後屋上の巨大貯水タンクを爆破して、一気に大量の流水で火事を消し止めた。 俺も同じように、一気に大量の水で飯の大塊りを押し流すのだ! グイッ、グイッ、グイッと蛇口をひねる。 チョロチョロだった水道の勢いを全開にした。 ジャーーーーー。 ホースから大量に流れる水。 一本の細いホースからの流れが、その時の俺には華厳の滝のように太くたくましい流水に見えた。 俺はその水流の中に、激しく流れ落ちる華厳の滝に顔を突っ込んだ。 ガブッ。 一飲み。 駄目だ!逆流する。 しかし、俺はさらに水を飲んだ。 ガブッ、ガブッ。 (喉が痛い) さらに水。 水。 水。 ガブッ、ガブッ、ガブッ。 (痛い、痛い、痛い) 逆流、逆流、逆流。 (駄目か!) 俺は天を見上げるか如く思いっきり胸を張った。グググーーーッ。 (飯よ、落ちろ!) 胸を叩いた、ドンドン、グググーッ。 (俺の死に様は、これか!) (このまま死んだら、ちょっとかっこ悪いか?) (でも、俺らしいか?) (それも人生) (今日の夕方のテレビニュースでは、自由が丘のイベント中に飯を喉に詰まらせて死んだ俺のニュースが流れるのか?) (明日の新聞の片隅には、飯を喉に詰まらせて死んだ俺の記事が出るのか?) (俺がこんなかたちで死んでも、残された家族を笑う奴は、ただじゃおかないからな!) ――――!。 しかし その時、 大岩がかすかに動く。 喉から、新雪を踏みしめた時のような 「ギュ」 というような音がした。 (喉が裂けそうだ。裂けたか?痛い。だが、少し動いた!) その痛みで、遠のきかけていた意識が戻ってきた。 (よし!ここで一気に行くんだっ!!) 水。 水。 大量の水。 (激痛!何という痛みだ。女性の出産とはもしかしたらこんな感触なのか?) ガブッ。 (それともこの何倍も痛いのか!?) ガブッ。 (痛い!だが、さらに動いた!) 一度動いた大岩は私の体内で大音響を上げながら、ゆっくりと押し込まれるように水と共に胃袋へと落ちていった。 (たっ、助かったーーーーーーーーーー!!) 息が出来る。息が出来る。 時間にしたら、3分から4分ほどだろうか。 私の肺に、新鮮な空気が流れ込み、スローモーションだった回りの風景が正常なスピードに戻った。 「フウフウフウ、、、、ハアハアハア・・・・フウフウフウ・・・・・・・ハアハアハアハア・・・・・・」 「大丈夫っすか?」 「イヤァーーーーーー、死ぬかと思った!」 「どうしたんすか?」 「ハアハアハア・・・・・飯が・・・喉に・・・・・詰まって・・・・、いや・・・・もう、、、大丈夫です、、、、ハアハアハア・・・」 俺が無事なのを見て安心したS氏は、冗談交じりに 「いや、びっくりしましたよー。心臓麻痺かなんかかと思いましたよー。死ぬのかと思いましたよー」 S氏もただ事ではないとは思ったらしい。 餅を喉に詰まらせて死んだお年寄り、数時間後に餅を飲み込み生還。 飯を喉に詰まらせて窒息死寸前の小野明良、華厳の滝で飯を無理やり飲み込み無事生還。 めでたし、めでたし。 いやしかし・・・。 俺、ホント、死ぬかと思った。 もう駄目かと思った。 直後。 牛丼を食べ終えた、IとKが近寄ってきた。 どうやらさすがに鈍感な奴等も、心配になって寄って来たようだ。 二人声を合わせて、 「牛丼どうもご馳走様でしたー」 「!!!!!!」 俺の一大事に気付いたのはS氏だけで、それもタマタマ食器を洗いに水道のところに来たからで、それ以外の人はナーーーーンにも気付いていない。 ま、当然といえば当然だが、他人にとってはどうでもいい俺にとっては歴史的一大事だった。 死というものをこんなにまで意識したのは生まれて初めてだった。 「小野明良、死の淵から生還!」 その後一息ついて、俺は今の無駄な時間を取り戻すべく、残りの牛丼を今度はかっ込んで食べ終えた。 そして何事も無かったかのように、お好み焼きを焼き始めた。 無事イベントへ突入。 お好み焼きを焼きながら、俺は誓った。 鉄板の前で両手にテコを握りしめながら、俺は誓った。 「松屋の牛丼はもう喰わない」 「松屋の牛丼は、今後もう二度と喰わない」 「喰うなら吉野家だ」 吉野家は今牛丼やってたっけ? 今後松屋さんで何かを食べる事があったら、牛丼以外の何かにしよう。 なぜなら、俺は松屋さんの牛丼を食べて死にかけたから。 決して松屋さんが何か悪いわけではない。 だけど、ホントに苦しかった。 松屋さんの牛丼を食べたら、苦しい記憶が蘇ってきそうで。 ホント、苦しかった。 ホント、辛かった。 USAあたりだったら「飲み込めないような硬さの飯を売った」とか言って訴訟問題にする奴がいるのだろうか。 |