先日乗ったタクシー。 年の頃なら30代後半の運転手。 乗った後、嬉しそうに話しかけてきた。 ある信号の所で、 「イャお客さん。私さっきここで渡哲也を乗せたんですよー」 「え?」 「イヤァーー、渡哲也。ご存知でしょーっ」 運転手の興奮に圧倒されそうだ。 「ん、おぉー分かるよ。知ってるよ」 運転手は自分で話しながら、また興奮がよみがえってきたようだ。 「イヤーぁ。奥さんとご一緒でしたよ」 「あ、そぉー」 「いやー。はじめて乗せたんですよー」 「へぇー」 「イヤ以前、無線で呼ばれて自宅へ行った事あるんですよ」 「ふぅーん」 「イヤー、その時は息子さんを乗せたんですよー」 「あぁ、そぉー」 「イヤーでも渡哲也本人を乗せたのは、はじめてなんすよー」 「あぁ、そぉー」 「いや、カッコよかったっすよー」 「へぇー」 話が「イヤー」で始まる運転手の話は、取りとめも無く続く。 イヤー運転手は、その興奮と喜びを、俺に分けようとでもするかの様に話す。 どうだ!いいだろー、と自慢するかの様に話す。 イヤー運転手の口は止まることを知らない。 しばらくして俺が、 「運転手さん、今日は渡さんデー(day)だね」 「イャ、はぁい。ホントそうですよー」 「渡さんデーついでに言うとね、俺、渡さんの影武者だったんだよ」 「いゃぁ・・・へっ???」 「もう10年以上前だけどね」 「?????????」 イヤー運転手の口が止まった。 イヤー運転手は分けが分からず、自分の中で必死に情報を整理分析しているようだ。 バックミラーでチラチラ俺の顔を見る。 確かに影武者といわれても、他業界の人にはピンと来ないだろう。 (何を言っているんだ、こいつは?????) (影武者??????) (渡哲也の??) (はぁ???) (なんだ、こいつは???) (頭おかしいのか????) (俺の事、からかってんのか????) (おい、俺が言ってるのは渡哲也だぞ!!!!!) (お前の言っている渡さんて、誰だ????) (お前が、渡哲也の事知ってる?????) (ケッ、嘘言ってんじゃねぇーよ!!!!!) (お前如きが、渡哲也の事知ってるわけねぇーだろ!!!!) (でもな、俺は今日乗せたんだぞ、実物を!!!!) (ホントに乗せたんだぞ!!!) (嘘じゃないんだぞ!!!) (お前みたいに出鱈目を言ってるんじゃないんだぞ!!!!) (お前俺の話を信じろよ!!!!) (乗せたんだってば!!!!!) (あーでも、お客だから適当にあわせなきゃ) (こういう奴は、変に刺激すると危ないから) 「―――いゃ・・・へぇー、そうなんですか」 「―――だから運転手さんは、渡さんと、渡さんの奥さんと、渡さんの息子さんと、渡さんの影武者を乗せた事があるってわけだ」 「―――いやー・・・はぁ・・・・・そうですね」 イヤー運転手は、一分間に10回以上のペースで俺を観察している。 前見て運転しろ。 事故起こすなよ。 沈黙が車内を包む。 必死に頭の中で、納得ポイントを探しているイヤー運転手。 イヤー運転手は道を間違えた。 「おい、ここ曲がるんだよ」 「いや!あっ!!あーー次でも行けますから」 タクシーを降りる支払いの時もイヤー運転手は、俺のことを何か言いた気に見ている。 (ホントに乗せたんだからな。―――俺―――渡哲也を・・・) (羨ましいからって、変な作り話するなよな) 分かったような、分からないような顔のイヤー運転手。 (あ、仕事仕事) 気を取り直しイヤー運転手は、明るく 「イヤァー、有難うございましたー」 タクシーを降りた後、カミサンがポツリと一言。 「あの運転手さん、お父さんの話信じてないよね」 |