先月の事である。 家に帰ってきて、カミサンと居間で一杯やっていたときのこと。 私の視界の片隅を、黒い物体が瞬間移動した。 台所の廊下をササッと横切った。 「ねずみだ!」 冷蔵庫の裏に入り込んだ。 一体どこから入り込んだのだ。 一体いつから我が家に存在しているのだ。 許さん。 わしは許さん。 「おのれ逃がして為るものか」 私は焼酎を一気に飲み干すと、サッと立ち上がりゴキジェットを握った。 そう、ゴキブリなら一発でしとめるアース製薬のヒット商品ゴキジェット。 「ねずみ覚悟!」 ねずみはゴキよりデカイ。数百倍デカイ。哺乳類だ。 ゴキジェットは効くだろうか。 ネズミジェットは、多分発売されていない。 そんなもん発売されていたら、人間だって死んじゃうかもしれない。 アース製薬の新製品、ヒトジェット1本二〇〇〇円。 爆発的に売れるだろうな。 俺なんか買い占めちゃうぞ。 カミサンは無言で新聞紙を丸め、さあ出て来いネズミぶっ叩くぞとばかりに低く構える。 俺はゴキジェットでネズミを追い詰める。 阿吽の呼吸。 冷蔵庫の両サイドにゴキジェット噴射! ・・・静寂。 冷蔵庫の裏にゴキジェット噴射! ・・・・・静寂。 冷蔵庫の下にゴキジェット噴射! ・・静寂。 いや! ・・・ゴソ・・・ゴソゴソ・・・。 確かにいるゾ。奴は今必死に息を我慢しているに違いない。 俺は3分くらいなら息を我慢できる。 昔は5分我慢できたが、今は衰えた。 ネズミは潜水を何分出来るのだ? ネズミは潜水出来ても、アワビやサザエはとれまい。 俺は取れるぞ。 冷蔵庫の下にゴキジェット噴射! ガサ・・・ゴソ・・・。 もうすぐ飛び出すな。 カミサンと目で合図。 うなずくカミサン。 再度、冷蔵庫脇からゴキジェット噴射! 噴射! 噴射! 出た!! ネズミが飛び出した!! カミサンのいるほうに向かって走った!!! よし、作戦通りだ。 叩け! カミサンは隙の無い低い体勢で待ち構えているぞ。 今だ!! しかし・・・・カミサンは動かなかった。 微動だにしなかった。 隙の無い構えを崩すことなく固まっていた。 ネズミは、カミサンの目の前を通って、隣の部屋に逃げ込んだ。 確かにネズミの動きは速かった。 「何で叩かないんだ」 「―――怖かった」 つづく |