トップ・ページ一覧前ページ次ページ


2008年07月15日(火)・「頭痛」
 私は、ここ30年以上、歯医者と整体マッサージ系の医者以外、医者に行った事が無い。
 私は、ここ30年以上、健康診断などというものを受けたことが無い。
 レントゲンも、CTも、血液検査も、尿検査もその他一切の健康診断とは無縁である。
 何故なら、
【理由その1】
「いいか!検査なんかして”どこどこが悪いです”なんて言われてみろ、今日まで元気だったヤツがいきなり病気になっちゃうんだぞ。いきなり病気になっちゃうような身体に悪い事なんでやる必要があるんだ」
【理由その2】
「いいか!ストリッパーは体の外側を見せるだけで金取るんだぞ。体の中側まで見せるのに何で金払わなきゃいけネェんだよ」
・・・・・何かオカシイですか?


 6月の半ばから3週間ほど頭がカチ割れそうなほどの頭痛が続いた。
 カミさんが言うには頭痛と戦う俺の顔は、かなり険しかったらしい。街やスーパーの人ごみの中でもモーゼの十戒で海が割れるが如く私の前の道は広かった。
 毎日、夕方から鎮痛剤を飲んで仕事は笑顔で続けていた。

 ようやくここ2〜3日、頭痛が引き始めた。
 頭痛の一歩手前のような違和感はまだある。


 そんな痛みも引き始めた土曜日、同級生の歯医者Kが店に飲みに来た。
「最近、キックボクシングのジムはどう?」
と言う話から、
「頭痛がひどくて行ってない」
と、頭痛に悩まされていることを言うと、Kは、
「俺のとこに来い、レントゲンとってやるから」
と一言。

「頭はやばいよ、どこが痛い?」
「おもに右目の裏側と言うか、右こめかみ奥といおうか、喉から鼻に抜ける奥右側と言おうか・・・・」
「それはやばいよ、右眼底辺りなんて・・・・・・それに3週間は長いな・・・・」
「風邪から来る頭痛だとは思うんだけど、長引いているから皆が脅かすんだよな。『俺の兄ちゃんは、頭痛が続いた後倒れて死んだ』とか・・・・・『あたしのお母さんは、頭痛を見てもらったら軽い脳梗塞だった』とか・・・・・『同僚が頭痛が続いた後倒れて、意識が戻らない』とか」
「ホントそうだよ、やばいよ。ぽっくり逝っちゃうから、脳だったら」
「ま、それはそれで”あり”だと思うけどな」
「本人はそれで良いけど、家族が大変だから、それじゃぁ」
「それはあるな」
「とにかく俺のとこでレントゲン撮ろう」
「え?」
「レントゲン撮ってやるよ」
「いいよ」
「いいから来いよ。撮って損は無いから」
「いいよ」
「いいから、撮って置けよ」
「―――分かったよ。・・・・行くよ」
「氷頂戴」
「はい、かしこまりました」

 Kは、脳系の何かだったらやばいからと強く言う。

「もし仮に脳系だとしたら、直せるのか?変わらねえぇんだろ。行ってもしょうが無ぇんじゃないか」
「直せないけど、食い止めたり予防は出来る。・・・・・あと、話聞いてると、蓄膿症が怪しいな。・・・・今日は明日もあるしそろそろ行くかな(ゴクリ)」
「蓄膿症?」
「ふくびくうえんって言うんだ。かなり怪しいな」
字にすると副鼻腔炎と書くらしい。
「予約要らないから、月曜好きなとき来いよ」
「わかった」

 そういえば一番頭痛がひどいとき、右目がかすんで良くものが見えない事があった。
 後から知ったのだが、これはそれこそほんとに失明しかねないやばいことだったらしい。
 だが、そんなことワシ知らーん。


 週明けの月曜日。
 Kの医院”河野歯科”に行く。ちなみに河野歯科医院は評判良いです。友達なので特に強調しておきます。
 受付のオネーちゃんが、
「どーしました?」
「ン?河野にレントゲン撮ってもらいに来たんだ」
「はぁーっ?」
俺を知ってるそのオネーちゃんは、”歯医者でレントゲンだぁ?”って感じで笑い出した。
「なんなんですか?」
「うん、頭が痛いッテ言ったら、撮影してくれるって」
「ハハハ、はい分かりました。そこでお待ち下さい」

 歯を中心とした歯医者のレントゲンの鼻のあたりを指しながら河野は、
「やっぱり副鼻腔炎が怪しいな」
「そう?」
「紹介状書くからさ、行って来いよ今日」
「ン、今日は無理だな」
「えッ、早い方が良いから」
「そう?行けたら行くよ」
「あぁんッ、早い方が良いよ」
「じゃ、何とか行くよ。今日」
なんか河野の言葉の裏には、”手遅れになる前に”的響きが混ざっているような・・・・・。
(あほんだら、脅かすなよ)


 紹介状を書いてもらったK内科クリニックに行く。
 河野の撮ったレントゲン写真の入った紹介状を受付に渡す。
「かけてお待ち下さい」

 初老のちょっと神経質そうで小柄な看護婦さんが出てきて、マイクなしで私にインタビュー。
「どうしました」
「風邪から来る頭痛が3週間以上続きまして、それを河野歯科医院の河野先生に言ったら、あ、河野先生はヤツは同級生なんですけどね、レントゲンとってやるからって言われまして、撮ったんですよ。そしたら、紹介状書くからこちらで診てもらえって言われまして・・・、それで来ました」
「3週間以上?」
「ええかれこれひと月近く経ちますかね」
「熱は?」
「測ってないですけど、無いと思います」

 看護婦さん、一旦中に引っ込み体温計を持ってくる。
「これで測って。ピピッていうから」
「これ、口にくわえるんすか?脇に挟むんですか?」
「脇でいいから」

 俺の脇固めに耐えている体温計は、3分たってもピピッと叫ばない。
 中々ギブアップしない、根性のある体温計のようだ。
 遂にレフリーストップがかかった。
 ピピッといわないが、レフリー看護婦さんに催促されて体温計を差し出す。
 体温計はどうやら悶絶失神していたようだ。勝者、小野!
 そんなことを考えながら、35度5分。
「平熱こんな感じ?」
「もうちょっと高いですかね」
「(ふんふん)」
看護婦さん中に引っ込む。

 しばらくして、
「小野さんどうぞ」

 60歳前後くらいの白髪の先生、
「だんな、どうされました」
何故かその先生は、俺を”だんな”と呼んだ。
「先生あのですね、風邪から来る頭痛が3週間以上続きまして、それを河野歯科医院の河野先生に言ったら、あ、河野先生はヤツは同級生なんですけどね、レントゲンとってやるからって言われまして、撮ったんですよ。そしたら、紹介状書くからこちらで診てもらえって言われまして・・・、それで来ました」
さっきのインタビューと同じ答え。
「血圧は高いですか、低いですか?」
「―――――」
「いくつくらいですか?」
「―――先生、そういうの測ったこと無いんですけど・・・・」
先生は、面食らっていたが、ちょっと楽しそうでもあった。
「腕を出して」
「どっちですか」
「そっち」
 先生は、捕まえたッ!という感じでいきなり俺の左腕をつかみ左上腕に変な物を巻いた。そして傍らにあった黒いゴムマリをシュパシュパと握りだした。
(オイ先生、俺は遊びに来たんじゃねぇんだぜ。なんだよその黒いゴムマリ)
シュパシュパシュパ。
(・・・・楽しそうだな、先生俺にも貸してよ)
と言いかけたとき、左上腕に巻かれた変なものが俺の腕を圧迫し始めた。
(うわっ!)
(先生!何やってんだよ)
 これ以上圧迫するようならその腕に巻かれた変なものを引っぺがそうと思ったところ、
 シューーーーーーーー。
 急に圧迫が終わった。
 終わってみれば、心地良い圧迫であった。
(先生。もう一回やってよ、もう一回。一回だけでいいから)
 どうやら血圧を測っていたらしい。

「ジャァ、旦那、レントゲンを何枚か撮らせて下さい。それと血も採らせてくださいね。尿も見ましょう」
「はぁ」
言われるがまま、なすがまま、きゅうりがぱぱ。

 レントゲン室に入り、妙なところに立たされる。
 隣のガラス越しの部屋から先生がマイクで指示を出す。
(何でそっちの部屋に逃げるんだよ先生)
(俺になんか危ないことしようとしてないか)
(こっちの部屋で一緒にいかが。せめて看護婦さんだけでも)
「はい、ちょっとひざを曲げて・・・・あご引いて・・・・右向いて・・・そっちじゃなくて・・・・こっち向いて・・・・あっち向いて・・・・・ホイ・・・」
 カシャ!

 レントゲンを取った後、看護婦さんが、
「トイレにコップがありますから尿を少しで良いですから取って、小窓に出してください」

採尿しながら私は、
(少しで良いですの少しって、どれくらいだろう?)
悩んだ。
 コップに波波でないことは分かるが、少しって、一体どれくらいが少しなのだ?
 波波入れると、ビールと間違えて飲んでしまう誤飲事故が起きる可能性がデカイから多分それは禁止行為なのだと思う。それは良く分かる。
 しかし、看護婦さんの言った”少し”とはどれくらいを指すのか。これは誰にも答えを出せない難問であると思う。
 看護婦さんは、俺に禅問答を吹っかけているに違いない。
「看護婦さん、少しってどれくらいですか?」
「たくさんじゃない」
なんて言われそうだ。

(八分目を基準にすれば、5分目位か?)
(それとも、ほんとに少しで5〜6滴で良いのか?)
悩んだ結果、私は、コップに下から1.5cm 位と勝手に判断して採尿を終えた。

 それを見た看護婦さんは一体どう思うのだろうか。
(バッキャロー、こんな少しで足りるわけネェだろ)
と思うのか、
(バッキャロー、こんなエンガチョたくさん入れやがって)
と思うのか、ま、どっちでも良いや。

 右前腕に注射針をぶっ刺されて血を取られる。
 なにやら3本も血を採られた。
 しかし、刺した注射針は1本!
 凄いな、今は1本針を刺すとそれを抜くこと無く、抜かずの3本採血できるんだ。


 上がってきたレントゲンを見ながら、先生が解説。
「だんな、ここがこうなって、白くて・・・・・ここが黒くて・・・・・・・ここに膿が溜まると・・・・・・頚椎も曲がってて・・・・」
「はあ・・・はあ・・・・はあ・・・・はあ・・・・」
ただひたすら相槌を打つ私。女性でもないのにハアハア言いまくる相槌男。

「だんな、河野先生も心配していた通り副鼻腔炎ですな。だんな、これは治療してもらわなくちゃなりませんな」
「ハァ、治療ですか。分かりました。―――で先生・・・・・・、治療って、どこでどうやれば良いんですか?」
「!?・・・・・これからやります・・・よ、・・・・ここで」
「あ、あーそうですか。―――いや、また別のところに行かなきゃいけないのかと思いまして」
「イヤイヤ、うちで大丈夫ですから。首も伸ばしましょう」


 シューっと蒸気のようなのが出ている器具を鼻に突っ込み、
「普通に呼吸してください」

 シューっと蒸気のようなのが出ている器具を口にあて、
「普通に呼吸してください」

 首を上に断続的に引っ張ること10分。

「じゃ小野さん、受付でお待ち下さい」
と看護婦さん。
 どっちが受付か良く分からない。
「受付でお待ち下さいッ」
 狭い医院なのに・・・、
(どのドアだったっけ?)
「受付で!お待ち下さいッ!!」
(なんだ、次は怒られちゃうな)
「どっちでしたっけ?」
「あ、そっちですから」
(ヤバイヤバイ)
 背なに先生が、
「だんな、ちょっと小まめに通ってくださいね」
「ハイ」
「今、河野先生に手紙書きますから」


 薬を処方され支払いを済ませ、河野の撮った写真をもらい手紙を託され、
「先生、有り難う御座いましたー」
と奥に居る先生に玄関から大きめの声で礼を述べ、K内科クリニックを後にする。

 帰りに河野歯科医院に寄り報告。
「お前の予想通りだったよ。びくうが何とかって言ってた」
「あぁ、副鼻腔炎な」
「ああ、そんな感じの響きだったと思う」
「脳じゃなくて良かったな」
「うんうん、ありがとありがと・・・今日はありがとな・・・・・またな」
「うん、また」

 河野歯科医院を後にしながら私は思った。
「―――これからは、・・・・・症状が出ている時は、・・・・・医者に行ったほうが・・・・・良いかもしれないな・・・・・・・・持つべきものは友ですな」



トップ・ページ一覧前ページ次ページ