昼間に東洋一のアーケード、武蔵小山の商店街を歩いていると、 「あなた」 とご婦人の声がした。 私とは無関係と思い、気にも留めない。すると再び、 「ちょいと、あなた」 と呼びかける声。どうやら声の方向は、俺を向いているようだ。ふと見ると、身なりの小奇麗な老御婦人が私を見ている。 「?」 ご婦人が寄ってきた。 私は、若干身構えた。 (なんだ?) (宗教の勧誘か?) (募金なら払わねぇぞ) 「あなた、素敵ねぇ」 (はぁ?) (なんだ、このバァさん?) (身なりは、まともだ、上品といっても良いくらいだ) (頭は、まともか?) (ボケてんのか?) (だったら邪険には、扱えねぇな) ズ・ズ・ズン・ズンという感じで近寄ってきた小柄な御婦人は、俺のシャツの裾をつかみ少女のような目で私を見上げ見つめながら、 「ほんと、素敵ねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・このシャツ」 「―――」 その純粋無垢な眼差し攻撃に、私は言葉を失った。 (ハァ?) (シャツゥ?) 「この色といい、柄といい、、、、ホント素晴らしいわ」 「ハァ・・・・・」 「それに、このズボンとぴったり、、、、合ってるのよぉ。―――素晴らしいわぁ」 私のいでたちは、紺色に花の柄をあしらったアロハシャツにGパン。足元は素足に黄色い鼻緒の黄緑色のビーチサンダル。 決してそんなに感嘆驚愕の眼差しで見詰められるほどのものとは思えない。リゾートパパやチンピラ兄ちゃんに見えることはあっても、ファッションモデルには到底見えないと思うのだが・・・・・。しかし私のファッションは、他人には決して分かりえない、御婦人のツボを捕らえたようだ。 「ほんと、なんて素敵なんでしょう」 「―――そう・・・すか・・?」 「素晴らしいわよぉ」 (外見を褒められても、あまり嬉しくないんですが・・・・) 「いいわねぇ」 ご婦人はしきりに感心しながら、シャツの裾を撫でる様に触っている。褒められているのだから、悪い気はしないのだが・・・・決して中身を褒められているわけじゃないし・・・・・ま、いっか。 私は約20秒間、日本人特有の愛想笑いを浮かべたり相槌を入れながら、老御婦人の褒め殺し攻撃に耐えた。 そして老御婦人はキラキラ輝く目で、 「いいわよぉ、素敵」 の言葉を最後に、去って行った。 一陣の爽やかな風と共に御婦人は去って行った。 私は、取り残された。 アーケードの雑踏の中に。 私は、幻でも見たような気がしていた。 3メートルほど離れた所で、今の一部始終を見ていたカミさんが現実の中で、笑いを押し殺すように笑っていた。 「おとーさんの困った顔と、愛想笑い、久しぶりに見た」 |