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2004年05月31日(月)・「最後の戦い」
 生との戦い。
 死との戦い。
 私が知る限り、ありとあらゆる生物は生まれた時から死へ向かって走り続ける。


 入院している親戚のおじさんの意識が無くなり、もう持つか分からない。
 昨日、連絡が入った。
 親族中から私とそっくりといわれるおじさん、70歳ちょっと。

 父、母、カミサン、私で病院に見舞いに行った。いや、今となってはお別れに行ったと言う方が正しいかもしれない。

「一般面会は午後からです」
「―――危篤だと言われて来たのですが」
受付の守衛さんは、病室を教えてくれた。

 病室には家族が揃っていた。皆疲れている。奥さん、長女と旦那、次女。
「おじさんは?」
「今、痰の吸引をしているから、ちょっと待ってて」
外で終わるのを待つ。

「もう本人じゃないみたいだから、びっくりしないでね」
と私と同い年の長女。

 痰の吸引を終えた病室に入る。
 おじさんは目をつぶり呼吸器を付け、苦しそうに、あえぐ様に息をしている。
 しかし苦しそうに見えるその姿は、マラソン選手がゴールを目指して最後のラストスパートをかけているかの如く、見事なものだった。
 人によってはその姿を見て、死が迫った人の足掻きと捕らえる人もいるだろう。
 だがその姿は見事だった。
 素晴らしかった。
 生きる事をあきらめず、必死に頑張っている姿は、どんなスポーツ選手よりも美しいものだ。

 私は心の中で、
「おじさん、頑張れ!最後まであきらめるな、生きる力残っているだろ!!」
と呼びかけた。
「おう、まだまだあきらめないぞ!」
私の心に明るい声で、返事が返ってきた。

 兄である父が声を掛け、手を握る。
 奥さんが、
「あなた分かる!お兄様よ、お兄様!!」
意識が無いとばかり思われていたおじさんは、かすかにうなずき呼吸器を取ろうと手を挙げようとする。
「動かなくて良いから。分かる、分かるのね!」
再びうなずくおじさん。家族の中に驚きが走る。
「分かるのよ、分かるのよ」
呼吸器を取って何か喋りたかったのかもしれない。

 今まさに死と真正面から向き合っているおじさんは、不屈の闘志で戦っていた。
 生と戦っているのか、死と戦っているのかどちらなのか。
 おじさんは、完全燃焼してゴールする事を目指しているかのごとく何かと壮絶に戦っていた。
 蒸気機関車の罐(かま)に石炭を放り込み続けるように、エネルギーを燃やして走っていた。
 その姿は、苦しくも美しく、弱々しくも揺るぎ無い。

 おじさんは戦っていた。
 必死に走り続けていた。



 見舞いから帰った約12時間後。
 午後11時半ごろ、おじさんが息を引き取ったと連絡が入った。
 おじさんは、最後まで諦めなかった。見事に戦い続けた。
 最後まで走り抜いた。


 死因は、肝機能障害から来る、多臓器不全。

 おじさんは大酒飲みだった。
 しかしその人生は、悔いの無い人生だったと私は確信する。

               


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