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2003年10月23日(木)・「悲劇の女」
 少女と言うと普通イメージするのは10代中頃位までだろうか。
 近頃俺もおじさん100%で、10代も20代も若い娘はみんな似たように見えてしまう。
 タイトルを「悲劇の少女」にしようと思ったが、主人公は見たところ20代前半位に見えたので、思い直して「悲劇の女」にした。



 その悲劇は自由が丘駅のホームで起こった。
 東横線下り最終電車を待つ3、4番線ホーム。

 ホーム横浜寄りに一台の自動販売機。
 その自販機は伊藤園の商品を扱っていた。
 鮮やかな青緑白の色を使ってデザインされている自販機のボディ。伊藤園の自販機だ。
 そう、お茶で有名な伊藤園。無論お茶だけではないが。


 私は、自動販売機の横にあるベンチに座って最終電車を待っていた。




 ほろ酔いなのだろうか、目を少し潤ませた女が歩いて来る。
 取り立てて美人と言うわけではないが、不細工でもない。
 OL風の目立たない感じの、大人しそうな女性。年のころなら22、23才。

 きっとお酒を飲んで喉が少し渇いたのだろう。
 誰と飲んでいたのだろうか。
 同僚だろうか、彼氏だろうか。
 接待に付き合わされたのだろうか。

 自販機の前で立ち止まり、透明アクリル板の向こうにあるサンプルを眺める。
 自販機の照明に照らされるほろ酔い顔は、頬の辺りがうっすらと赤い。
 女は二つ折りの財布を取り出し、小銭を入れる。
 お望みのドリンクのボタンを一押し。

「ジジッ」
と自販機がつぶやくも、その後の缶の落下音、
「ガチャガチャ」
が無い。

「?」
もう一度ボタンを押すが、今度は自販機がジジッと言わない。
念のため取り出し口をあちこち探すが、勿論何も無い。
女は、あせって返却レバーをひねる。
一間あって、
「カチャン、カチャン」
と返却される小銭。

 おかしいなと思いつつ、戻ってきた小銭の額を確かめる女。
 しばし自販機を見つめもう一度チャレンジ。
 結果は同じ。

 自販機の前で自販機を見つめる女。
 照明に映し出される顔はさっきと同じ顔だ。
 酔った頭で何を考えているのだろうか、ジーーーーーーーーーーーーッと見ている。


 其処へ耳にイヤホンを入れて音楽を聴きながらやってきた一人の女。
 これまたほろ酔いOL風の女。
 年のころなら30前。
 自販機の前に立つ。

 少し横にずれる、さっきの女。
「出ませんよ」
と声を掛けてあげればいいのに無言。
確かにイヤホンをしている人には、声を掛けずらい。

 イヤホンOL風ほろ酔い女、小銭投入、ボタン一押し。
「ジジッ」
「ガチャン」
 取り出し口に手を突っ込み飲料を取り出し、鮮やかに立ち去る。
 格好良く颯爽と立ち去る。
 5メートルほど離れた所で立ち止まり、おもむろにキャップをひねりグビグビとう美味そーに飲料を飲む。
 最近は女のラッパ飲みも板についてきた。


 さっきの女、、、不思議不思議不思議・・・・???

 横で見ている私も、
「???」


 よし今度は行けるだろうと女、気を取り直して小銭を再々投入。
 ボタン一押し、つぶやく自販機、
「ジジッ」

 しかしやっぱり出てこない。
 取り出し口には、何も無い。
 なぜだろう?
 今のあの人は買えたのに。

 再々返却レバーをひねる女。

 しかし!
 しかし!
 しかし!
 悲劇はそのとき起こった!!
 なんと、
 なんと、
 なんと、
 なぜか、
 どーして、
 お金が返ってこない!!!

 返却レバーを何度ひねれどお金が返ってこない。
 全部の飲料のボタンを叩くように押すも、物は出てこない。
 狂ったように叩くも、物は出てこない。
 ひねる女。
 叩く女。
 叩く女。
 ひねる女。
 狂った女。

「冗談じゃないわよ!なんで出てこないの、このクソ自販機。さっきの女の時にはちゃんと出たのに、なんで私の時には出てこないの。なんでなんでなんで・・・」(口に出して言った訳ではない)

 どれほど繰り返したろうか、周りの目を急に意識して冷静さを取り戻す女。
 もうひねらない。
 もう叩かない。
 もう狂わない。

 其処へ最終電車がやってきた。
 駅員に言いたいが、最終を逃がしたら帰れない。
 駅員と電車と自販機を何度もみる女。
 駅員、電車、自販機、電車、自販機、駅員、自販機、駅員、電車、自販機、自販機、・・・・・・。

 そのとき女の執念は、自販機正面右下に張ってある
「故障苦情のときは03−xxxx−xxxx」
と言うステッカーを見つけた。
 女は目にも留まらぬ速さで自分の携帯電話を取り出し、目にも留まらぬ早業でその番号を携帯電話に記憶させた。
 だが、すぐに電話をする訳ではないようだ。
 夜遅いから明日にでも電話するのだろうか。
 番号は控えたが、電話する勇気が無いのだろうか。


 そして女は終電に飛び乗った。
 自販機に怒りと悲しみと120円を残しつつ、電車に乗った。

 一回、二回は戻ってきた小銭なのに、三回目は戻ってこない。
 故障苦情時の連絡先が書いてあるのに、深夜に電話を掛ける勇気が無い。
 電話をしても多分、深夜なので人は居ない。
 あの人は買えたのに、女は買えない。
 喉渇いたぁ〜〜〜〜〜〜〜。
 電車の中から見えなくなるまで、自販機を注視する女。




 嗚呼、なんと言う悲劇。

 120円・・・ひゃくにじゅうえん・・・ひゃく・にじゅう・えーーーん・・・。

 おーーーーーーい伊藤園、いとうえ〜〜〜〜〜〜ん!!

 何とかしろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

 伊藤園やーーーーーーーーい!!!!





 人は、誰しも一度くらいは経験してるであろう自販機の悲劇。
 こういった悲劇を起こさないようにする事は出来ないのだろうか。


 私は、かつて自身でこの悲劇に直面したことがある。
 その時私は自販機のアクリル板を叩き割った。
 飾ってあるサンプルを取り出しジュースを飲もうとした。
 しかし手にしたサンプルは、缶ジュースを模したペラペラのプラスチックだった。



 ところで女は、その後苦情の電話を入れただろうか。
 往復500円の電車賃をかけて、120円を取り戻しにいっただろうか。
 それとも電車賃も合わせて請求しただろうか。

 そこまでやる人、やれる人はあまりいないと思う・・・・。

 だから悲劇が、悲劇として成立してしまうのである。




 今回私は図らずも、悲劇の目撃者になった。
 もし女が悲劇のヒロインになることを拒み、伊藤園や自販機業者を訴えると言うならば、莫大な費用をかけて法廷闘争に持ち込むと言うのならば、私は目撃者として証人になることを誓います。
                 


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